このアルバムは、ピアノ・トリオの演奏のところどころにソロ演奏の曲を入れた、その後のエヴァンスの原点とも言えるものになっています。

このアルバムのジャケットは、B.エヴァンスに対する4人のミュージシャンの賛辞とサインが書かれた文字だけのデザインです。
遅咲きのB.エヴァンス(録音されたときは29歳)がそれだけ有望視されてきたのかもしれません。
しかし、M.デイヴィスやC.アダレイはわかりますが、A.ジャマルやG.シアリングはどんな関係があったのでしょうか。
どうせなら同じリバーサイド・レコードに所属していたセロニアス・モンクの賛辞を載せたほうが意外性があって面白かったのにと思いませんか。
モンクと言えば、前回コルトレーンの相性について書きました。
B.エヴァンスも「KIND OB BLUE」や「1958 MILES」などのマイルス・グループではコルトレーンと共演していますが、自分たちのリーダー・アルバムでは共演相手に選んでいません。
マイルス親分のいないところでは、二人の音楽的相性はあまり良くなかったようです。